令和元年8月後半の法語
お盆を終わります。松江地方では初盆にかかわらず、各家庭にお参りする慣例になっています。50年前住職に継職したときには、いささか奇異に感じたこともありましたが、今は年に一度のご縁つなぎとおもって、有難くお参りしています。今年は若院、若坊守と3人でお参りしましたが、様々な家庭に私自身が教わることが多いことでした。子供さんが一緒にお参りしてくださる家庭、病弱な方を抱えていらっしゃる家庭、老老介護の家庭、等々その中での御法義相続をしっかりと考えていかねばと思った次第です、
今月後半の標語は、「聞法は 死の準備ではなく 生の糧である」としました。
最近は聞くということは、なかなか面倒のようです。よく言われるように耳が二つあるのはよく聞きなさいということを意味していると聞かされてきました。でも最近は、口の方が、おしゃべりの方が多いようですがいかがでしょうか。また目と目を合わせることなく、下を向いて聞いたふりの方も多いようです。わが姿を法の前にさらけ出して,日々の暮らしの中で却下照顧していきたいものです。